京都地方裁判所舞鶴支部 事件番号不詳 判決
主文
被告人吉浦平次郎を懲役五月に、被告人森井清一を懲役三月に処する。
但し被告人両名に対し本裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人等の負担とする。
理由
被告人吉浦平次郎は舞鶴東区在住の自由労働者をもつて組織する東舞鶴自由労働組合の執行委員長、被告人森井清一は同西地区在住の自由労働者をもつて組織する西舞鶴自由労働組合の執行委員長であるが、右両名は夫々の組合を代表して、昭和二十五年八月十一日午前十時頃から舞鶴市役所内に於て同市助役桜井達太郎等に面会し、(一)組合員に盆手当千円を支給せよ、(二)八月十四、十五、十六日の三日間有給休暇を与えよ、(三)日曜就労を承認せよ等の要求をなし、同助役から失業対策事業の特殊性、其の予算の関係等理由を説示していづれも其の要求に応ずることができない旨拒否せられたに拘らず、被告人等は右回答に誠意なしとして承服せず、折柄同市役所構内に押しかけた東舞鶴労働組合員三、四百名の衆威を藉りて更に不当な要求を続け退庁時刻を経過するも同市役所構内から退去しなかつた為、同助役は市庁舎の管理者として同日午後七時三十分文書をもつて、被告両名に対して、参集している組合員と共に即時同市役所構内から退去すべき旨要求したに拘らず、被告人等は正当な理由がないのに意思を通じて右要求に応ぜず同日午後九時四十分頃までの間右市庁舎から退去しなかつたものである。
(証拠説明略)
被告人及び弁護人は被告人等のとつた本件の所為は、憲法上保障せられた労働者の正当な団体交渉の行使であるから、刑法上罪とならない旨主張しているから一応の判断を与える。
先づ被告人等の組織する判示の労働組合が舞鶴市に対して労働法上認められた団体交渉権を有するか否かの点であるが、右組合が労働組合法第五条所定の労働委員会の証明を受けた労働組合でないこと、組合員である日傭労働者は日々其の一定数の者が市に雇い入れられて市の営む失業救済事業に従事しているものであつて市から継続的に雇傭せられているものでないこと、市の営んでいる失業救済事業が失業者の救済を目的とするもので所謂営利事業でないことは審理の結果明かであるけれども他方彼等日傭労働者が労働組合法第三条に謂うところの労働者であること、労働組合法が企業体を異にする職種別の労働組合を認めていること、労働組合法が労働委員会の証明を受けない労働組合に対しても例えば協約の締結、団体交渉、民事刑事の免責等或る種の保護を与えていること、組合員である日傭労務者と市との間に継続的な即ち一定期間を定めた雇傭関係はないけれども平均一日六百名の労務者について一日を単位とする雇傭契約が一ケ月十日乃至二十日間連続又は間隔的に続けられておること、市の営んでいる失業救済事業は営利事業ではなく緊急失業対策法に基く失業対策事業若しくは公共事業であるけれども其の公共事業にあつても日々雇い入れられる労務者は全くの現業夫であつて公務員的性格を備えず、其の雇傭契約は純然たる私法上の契約であること、市は地方公共団体として緊急失業対策法に基いて一定の国庫補助を受けて失業救済事業を営んでいるものであるから、法令の範囲内に於て一定の失業者を雇い入れ上記の事業に就かせ之に賃金を支給する義務を負担していること、換言すれば失業者である日傭労務者は法定の手続を経て市の営む失業救済事業に就労して賃金を受ける権利をもつていることと、労働組合法のもつ社会法的性格とを併せ考ええるとき判示労働組合の団体交渉権を全面的に否定し去ることには躊躇を感ぜざるを得ない。もつとも其の団体交渉権が右に述べたような失業救済事業の特殊性から、内容的に著しい制限を受けることは否めないところであるけれども、しかしかかる労働者の前述の如き労働権及び団結権を保障する為に例えば使用者となるべき市が法令に定められた失業救済事業を営まず或は不当に其の事業又は人員を縮少したような場合、日々の就労において、法定の賃金を支給せず或は法定の安全及び衛生施設を設けず或は法定の労働時間を守らないような場合(もつとも斯様な労働基準法違反の場合には労働基準監督官が其の監督権を行使し、又使用者に労基法違反の刑事責任を生ずべきこと勿論であるがこのことの故に労働者の自救権としての団体交渉権、団結権を否定すべきではないと考える)其の他労働組合員である故をもつて雇用を拒否したような場合には組合は其の組合員である労働者の利益を擁護する為に、使用者である市理事者に対し組合の名において交渉する権利、即ち憲法第二十八条の保障する労働組合法上の団体交渉権を有するものと解すべきであろう。
次に被告人等のとつた判示の団体交渉が正当な権利の行使であつたか否かの点であるが、被告人等の判示要求項目が其の(三)を除いて著しく不当なものであることは前記説明に照して明かなところであり、(三)の日曜就労を承認せよとの交渉についても、市の理事者である桜井助役は、之に応じ難い理由を説明して拒否したもので、其の拒否がやむを得ないものであつたことは証人桜井達太郎、同広井恵美三郎、同森本金次の証言に照して首肯し得られるところであるのみならず同助役が多衆の力による威圧的交渉を拒否したことも理由があるから、市理事者は交渉の義務を尽したものと謂うべきであるに拘らず、被告人等は判示の如く市役所構内に押しかけた組合員三、四百名の衆威を藉りて執拗に其の要求を続け、所謂鑵詰交渉に類する交渉をなし、退庁時刻になつても退去せず遂に午後七時三十分最後的通告を受けて、なおも退去しなかつたので、被告人等のとつた判示の交渉は、明かに正当な団体交渉の域を脱したものと謂うべきであるから、被告人等は判示不退去罪の責を負うべきものと断定する。従つて被告人、弁護人等の前記主張は到底採用することができない。
(適条略)
法律に照すと被告人等の判示の所為は刑法第百三十条後段、罰金等臨時措置法第二条第三条、刑法第六十条にあたるから所定刑中懲役刑を選択し其の所定刑期の範囲内で被告人吉浦平次郎を懲役五月に被告人森井清一を懲役三月に処し、なお情状として(一)舞鶴市における自由労働者が現在非常な窮乏状態にあり、本件も其の動機において同情すべきものの存すること、(二)前説明の如く判示組合の団体交渉権を全面的に否定できないこと、(三)交渉中有形的な暴力は行使されなかつたこと、(四)市当局が被告人等に対しては交渉拒否の強硬な態度を示し、一方参集していた組合員に対し職場を放棄した者には賃金を与えない、職場を放棄する者には就労排除の措置をとる旨通告した為参集していた其の日の就労者が承知せず、其の為被告人等は市当局とこれ等労働者大衆との板挾み状態となり窮地にあつたこと、(五)被告人等が法律の許容する団体交渉の意義を正しく理解していなかつたと思われる点其の他諸般の事実事情を斟酌し、被告人両名に対しては夫々刑法第二十五条を適用して本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予するを相当と認め、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条に従つて全部被告人等の負担と定める。
仍て主文の通り判決する。
(裁判官 原田久太郎)